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Qの箱庭

ショートストーリー仕立ての毎日

ドラマチックな出来事なんてそうそう落ちてるもんでもないし(ブログ書けない理由について考えてみた)

前回記事でスターいっぱいもらえたり読者登録してくれるひとがいたりで

とっても嬉しかったので、さて次の更新しよー!と意気込んだはいいものの

何も書くことが思いつかないことに気が付いた。

 

 

書く時間がないわけじゃないはずなのに、

思いつかないのはどうしてだろうな、と考えてみた。

 

 

時間がないわけじゃない。

確かに仕事は忙しいけれど、帰宅してから寝るまでに少しは時間あるわけだし。

仕事忙しくて疲れてるからかな。

そもそも最近仕事以外のことをほとんどしてないからかな。

趣味のこと、みたいなものを書けない。

特定を避けるためにあんまり細かく書かないようにしているので

仕事のこともあまり書けないし。

そもそもブログのネタになるようなドラマチックな出来事なんて

そうそう落ちてるもんでもないし。

 

 

って思ってから、そういえばわたし今までどんな記事書いてきたんだっけ

って思い返して、別にドラマチックな出来事なんて特別なかったと思い出した。

 

わたしが大事に大事に記録するひとつひとつの出来事は。

わたしが掬ってドラマにしたものだった。

 

 

 

たとえば。昨日の朝の出来事。

 

前日、ちょっと大がかりな売場変更で残業して。

帰宅してご飯食べたら疲れて寝ちゃって。

翌朝も全然起きられなくて、遅刻ギリギリの時間に目覚めて

最低限の身だしなみを整えつつ、

ああ今日はだるいなあって思いながらいやいや職場に向かうために

寝ぼけた頭のまま外に出て、

時計を気にしながら早足で歩いていたのに赤信号で止まって

ああもう早く早くって思いながら青になった信号を抜けた、その先に

 

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ありふれた景色のはずなのに、今日はやけに白くてきれいな

朝の風景が見えたんだ。

 

だから写真を撮った。そのときはじめて目が覚めた気がした。

 

 

 

 

 

 

こんなふうに。

ふっと見える大切な瞬間を、わたしは切り取って記事にしていたのだった。

 

だからブログが書けない、ってわたしが思うときは

わたしがドラマチックの欠片を見つけられていないときかも。

 

 

 

以前、顕微鏡みたいに、という文章を別の場所で書いたことがある。

 

今日一日楽しかった、つらかった、だと誰にでも書けるから、
今日一日こういうことをしてこう思って、それがすごく楽しかったんだって書く。
その体験をしてそう思ったっていう文章はきっと、自分にしか書けない。


”顕微鏡(けんびきょう)とは、光学的もしくは電子的な技術を用いることによって、微小な物体を視覚的に拡大し、肉眼で見える大きさにする装置である。”(wikipediaより)

 


顕微鏡みたいに、文章表現という技術を用いて
毎日の些細な出来事を視覚的に拡大して残していきたい。

楽しいときもつらいときも、
わたしの文章はわたしにしか書けないし、書くことは楽しい。

 

 

このときの気持ちをずっと覚えていたいな。

気負うことなく、楽しいから書くんだ。そうやって書いていこう。このブログも。