Qの箱庭

ショートストーリー仕立ての毎日

それぞれのやさしさ

弟が熱を出した。

 
 
といっても、わたしに弟はいないし、実の弟の話ではない。
職場に偶然苗字が同じ年下のアルバイトの男の子がいて、
それを周囲にからかわれているうちに
ノリが良い彼は何を思ったのかわたしを「あねさん」と呼び、
ノリが良いときのわたしが「おとうと」と呼ぶ、そういう間柄の弟だ。
 
 
その弟が、39度の熱が出たけど病院でインフルエンザじゃないと言われたし、薬をのんで熱も下がったから、と言いながら
ふらふらしながら出勤してきた。
 
熱は下がったとは言ってるけど
どうみても無事ではない状態で、
でも本人は仕事しますって言ってて。
 
 
そのとき同じ時間にシフトを終えた男の先輩二人とわたしが休憩室で彼と出会ったのだけれど、
先輩の一人は真っ先に危ないからと彼を止め、
もう一人の先輩は上司に報告する。
 
上司は本人の意思を確認した後、
子供じゃないんだから自分で判断しろ、お前がいけるというなら俺はお前に仕事を任せるぞ、と彼に告げる。
 
彼を止めていた先輩はやめた方がいいんじゃない、人が足りないっていうのが理由なら俺代わりに出るからさ、その方が稼げるし、ともう一度止め、
でも彼は大丈夫、と身振りだけで示し仕事に向かっていった。
もう一人の先輩は仕方ないな、って顔をしていた。
 
わたしは少し遠くからそれを見守りながら、
がんばれ、とだけ、思っていた。
 
 
 
 
 
彼を止めるのも優しさだし、
彼の代わりに上司に報告するのも優しさだし、
危ないってわかっていてもあえて信頼して任せるのも優しさだし、
俺は残る方が稼げていいけど、なんてわざと言うのも優しさだし、
危ないってわかっていても彼の意思を尊重したいから
彼がやるというのなら黙って見守り心の中で応援する、というのも優しさだし

 

 

今この瞬間、この場所は
それぞれのやさしさであふれているなあ、と

そんなことを思った。

 
 
 
 
 
結局無事だったようで、次の日心底ほっとした。