Qの箱庭

ショートストーリー仕立ての毎日

向き合うことと清算と(俺たちの二月はこれからだ)

ずいぶん長いことブログを書いていなかったのでは、と振り返って、

まだ一週間しか経っていなかったことに気がつく。

一週間しか経っていなかったと気が付いてから、そう思うほどにここ一週間は長かったんだな、と気づく。そんな日々の繰り返し。今年は充実している。

 

 

書きたいことはいっぱいあったし今も抱えているけれど手をつけられない日々。

ブログ以外にもやるべきことが色々あって、でもそっちすらギリギリにならないと終えられない。

最初やることが多いからでは、と感じていたけれど違った。

自分がひとつひとつを素早く処理できないほど疲れていたのだ。

 

 

今月も棚卸。腹痛と腰痛。何かを整理するタイミングでいつも体調を崩す。

前回も体調崩してた)

整理をするのにどうして疲れるのかといえば、バラバラにどこか記憶の奥底に

潜んでいたそれらのひとつひとつと向き合うからだ。

向き合うということはいつも疲れる。顔を背けて逃げ出したいくらいに。

面倒事は苦手。整理することも。関係ないけど生理という女性の現象も死ぬほど苦手。

苦手でずっとはぐらかしている性別というものに向き合わなきゃいけないから。

わたしは女性になりたくなかった(この話は気が向いたらまた)。

 

 

今月は棚卸の他に帰省という個人的なイベントがあってそれも自分と向き合うもので、特に向き合う感じの強かった月だった気がする。

向き合うというか、清算しなきゃな、と思った月だった。

 

辞書で「清算」を引くと3つ意味が出てきたけど

これまでの関係・事柄に結末をつけること。「過去を―して再出発する」

せいさん【清算】の意味 - 国語辞書 - goo辞書

これでいうと3だ。

 

一か月単位じゃなく、もっと遠く、何年も前からのことを、一度清算しなければならない。

これは整理する=向き合ったから思えたことだし、

今月を向き合う月とするなら、来月は清算する月になるな、と思った。

 

 

 

わたしは文章を生産することでしか清算することができない。

 

だから二月は今日で終わるけど、明日以降は少しずつ、二月にあった出来事を思い出しながら書こうと思う。真に自分と向き合う俺たちの二月はこれからだ。(?)