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Qの箱庭

ショートストーリー仕立ての毎日

吸って、吸って、留めて

日記

ヒデオ体操第一というポップンミュージック史上最強のネタ曲があって、深呼吸で絶対に息を吐かない曲なんですけど、そこからタイトルネタを拝借しました。

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月末、仕事しながら別の仕事のお手伝いをしていたので、教えることと教えられることの両方を同じ日にしていて情報量と学びが大量にあり、ありすぎてオーバーフローして脳が確変に入り、ご飯を食べてる時以外はずっと仕事スイッチが入っていた。切れては入れ直しを繰り返していたので電池の減りが早くなった。でもまた入れば動くしこれも1日までだし、と思って走りきった。そして一区切りついた翌日の今日は動く屍のような頭の悪さだった。体もなんだか錆び付いている。人間でいうところの筋肉痛である。

実際にそんなに走ったわけじゃないんだけど。なんでだろうな…。

 

 

自分がいたことの証を残したかったんだろうか。月末から1日まで、頼まれたわけでもないのに引継ぎのメモをいっぱい書いた。流れと、心がけと、作業手順と、その他書いておきたいことを書いて、まとめて、一冊のファイルに綴じて、職場に置き去りにして帰ってきた。もう今日からは働くことのない職場に。

 

5年という月日は、業務に関する質問以外まともに誰にも話しかけられなかったコミュ障が「今度また遊びに行こう、ご飯食べに行こう」って5人以上に声をかけられるくらいの期間であり、ショッピングバッグ一個分の餞別をもらえるだけの期間だった。

それは頭で考えていた色々学びがあって~、みたいな文言よりもずっと重くて、実感があって、嬉しくて、みんなに笑顔で「ありがとう、これからも頑張ります」って答えられて、家に帰って包みを開けて意外すぎるプレゼントチョイスに爆笑できて、ひとしきり笑ったあとに「あれ、本当にわたし明日から行かなくなるのかな」なんてちょっぴりセンチメンタルに揺れる視界を感じられるものだった。

あまりにも良い気持ちを吸い込みすぎて今日寝たくないな、なんて弱気になったりもしたけど結局昨日は疲れで爆睡した。

 

今日は約束を忘れないようにメモしたり、忘れかけていたやる予定のことを思い出したりと吸い込んだものを留めることをずっとやっていて、最初は順調にやっていたのだけど途中から量が多すぎてつらくなってきた。

調子悪いな、と思ったけどちょっとだけやらなきゃいけないアウトプットをして、そしたらまた調子出てきて、あー、またわたし息を吐くのを忘れていた、ってそのときに気がついた。

 

そうだった。ぜんぶ内に溜め込むとダメになる人間だった。思ったことや良かったことを文章という形に残すというのはわたしにとって「息を吐く」ことで、それをやってないとどんどんダメになっていくんだった。

 

学ぶことは息を吸うことで、書くことは息を吐くことで、生まれた文章という形のあるものはわたしの毎日に重みと実感をくれて、そしてそれに支えられてまた呼吸をする。

まったく人間にしては不器用だけど、錆び付いて動かなくよりはマシかな。