Qの箱庭

ショートストーリー仕立ての毎日

未来203号室(短編小説の集い「のべらっくす」第7回参加)

こんにちは。短歌の目でお世話になっている方はお世話になっております、

きゅーいんがむと申します。今回はこちらの企画に参加してみます。

novelcluster.hatenablog.jp

 

本当に短いSSとかなら書いたことありますが、短編小説というものをまともに書くのはたぶん初めてです。

実は今日まで4日間検査入院をしてまして、入院中に暇な時間ができたのでノンフィクションの上にフィクションマシマシで書いてみました。文章中拙い部分多々ありますがよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

「未来203号室」


1.

ピンクのカーテンが見える。ずっと遠くに天井が見える。
それから、ピンクのカーテンと天井の間に、わたしの命の天秤が見える。

まだ意識が朦朧としていた元子は目覚めた瞬間そんなことを思ったが、パックから落ちてくる水を眺めているうちに覚醒してきて、その想像を頭から消す。

(いやいや、ただの点滴だし)

元子は体を起こす。
今日は検査入院の三日目で、昨日大腸カメラの検査をしたばかりだから、今日は大きな検査はなく体調を整えるだけのような一日だ。

(うーん・・・・・・暇だなー)

体を起こし、ひとまず配膳される朝食のためにテーブルの上を片づけたりはするけれど、朝食後の予定は何もなく、
点滴はさっき寝ぼけながら繋がれたばかりなので出来ることも少ない。

(まあ、とりあえず)

ご飯を食べることにしよう。
そうすれば、少し元気が出るかもしれないから。




2.


「オーダー入ります!Mサンド1、ポテトSが3!」

柿崎はカウンターから厨房に声を張り上げる。
厨房からは「あーい」と頼もしい男の声が聞こえ、
何やら作業をはじめている。
柿崎は厨房から再びカウンターに向きなおり、

「ただいまご用意しておりますので、隣の列に詰めて少々お待ちください」

と客に接客スマイルを向けた。
客の高校生くらいの女の子とその母親は素直に隣の列に移動したが、女の子はカウンターの奥をじっと見ている。

(あー、急いでるのかな)

女の子の様子を見た柿崎は自らポテトを揚げている場所に向かい、揚がった瞬間素早くSサイズのポテトを作り上げる。
他の技術はともかくとして、誰より素早く正確にポテトを詰められる自信だけはあったし、周囲からも評価されていた。

「Mサンド1オッケーでーす」
ちょうどサンドができたところでポテトも詰め終わり、
柿崎はそれをトレーの正しい位置へ素早く並べ、客に渡す。

「お待たせいたしました」



3.

「どしたのお母さん、不服そうな声して」
「そりゃ不服だわよ。もーちゃん、あなたもう高校生じゃないんだから、いつまでそんなことやってるつもり?」
「お母さんこそ、そのもーちゃん、ての、やめてよ。
もう高校生じゃないんだから」
「口答えはちゃんと稼いでからか、稼いでいる男を見つけてからにしなさい」
「仕事はしてるよ!」
「ふーん? ・・・・・・でも正社員じゃないんでしょ?」

うるさい!うるさいうるさいうるさい

その言葉にもーちゃん、と呼ばれた彼女はカッとなり、
携帯電話を投げつけたい衝動を必死に抑えた。

正社員じゃなければ、仕事しちゃいけないの!



4.

決して不味かったわけじゃなかったのだが、配膳された朝食に元子はほとんど手をつけられなかった。
食べる前までは食欲があったのに、いざ食べ始めると吐くほどではないが気分が悪くなり、かといって食べなければ処方された胃腸薬も飲めない。
なんとか味のないおかゆを少しだけ流し込み、煮物のじゃがいもを少しだけつまんだ。

「うー・・・暇どころじゃない」

せっかく検査のない一日だというのに。
元子はなんとか少量の食事と薬を済ませると、ゆっくりとベッドに横になった。
出来る限り楽になる体勢をとると、やがて意識も遠のいていった。

(ああ、私に、未来は、ないんだ)

病弱でネガティブが加速した元子はそんなことをぼんやり思っていた。


5.

ピンクのカーテンが揺れる。
お小言を聞くだけの通話が終わった後、もーちゃんは思いっきりベッドの上に携帯電話を投げつける。

「なんなの、もー!」

もーちゃんは怒っていた。

「そんなところで働いていてどうすんのとか、正社員になる気がないなら結婚しろとか!」

携帯電話はベッドの上をワンバウンドし床に落下した。
もーちゃんはちょっと慌ててそれを拾い上げる。

「・・・・・・なる気はあるけど・・・でも・・・・・・」

心配する母親の気持ちも少しは理解しているつもりだった。でももーちゃんにはそうできない理由があった。

「先輩・・・・・・」



6.

再び、ピンクのカーテンが揺れる。
そこにはファーストフード店の制服姿の柿崎と、サブマネージャーというバッジをつけた大柄の男がいた。

「いやー、柿崎、お前にはほんと助かってるわー」
「そうですか?」
「おう、オペミスもないし。次昇級試験あったら受けてみてもいいかもな」
「まじすか」
「おう。・・・・・・ま、すぐに正社まではいけないかもしれんが」
「・・・・・・ですよねー」



ピンクのカーテンの隙間から、命の天秤が見える。
パックの水は半分を切り、滴は落ち続けていく。
未来は残り少ない。


7.

「・・・・・・ん、ねてた・・・・・・」

元子は目元にティッシュを当てながらぼんやりと思い出す。
ああ、もーちゃんと柿崎の夢を見ていた。

「・・・・・・夢・・・・・・」

いつまで夢を見てるんだろうな、と元子は思った。



ピンクのカーテンが揺れる。

「・・・・・・ほんと80過ぎたら、急激に体ダメになるわよねー」
「そうねー。私も主人が亡くなって一周忌のときに80だったんだけど、そこから急に体悪くなってしまって」
「一人暮らしに戻ったら何でも出来ると思ってたけど、体がダメになっちゃどうしようもないわよねー」

今度は夢の中の声ではなく、
元子が入院している病室203号室に入院している人たちの声だった。
203号室は元子の他に80歳から90歳くらいのおばあちゃんが4人いる。完全に輪に入れない元子は、隣のベッドの住人がヨシカワさん、という名前であること以外よくわかっていない。


(・・・どうしようもない)


8.

桃山は、柿崎の憧れの先輩だった。
アルバイトとして入ったばかりの柿崎を丁寧に教え、育て、時に冗談を交えながら彼女をよく誉め、そして職場の人間の中で唯一、柿崎を下の名前で呼んだ。
しかし順調に昇進し店長となった彼は、ある日他店に異動になった。

「もとこ、後は頼むな」

彼が最後に残した言葉を、柿崎元子は必死に守った。
少しでも憧れの先輩に応えるために、正社員でもないのに同じように働いた。胃痛で倒れるまで、自分の労働時間もよく把握していなかった。


9.

(ばかみたいだ。私)

元子は親に駄々をこねるばかりの「もーちゃん」と、
正社員になれるかどうかもわからない
憧れの先輩に近づけるかどうかもわからない「柿崎」を
必死に抱えて生きてきた。
けれどどうすることもできなかった。

(どうしようもない、夢を・・・見ていたんだ)

憧れの先輩にも近づけない。
正社員にもなれない。
母親とも仲良くなれない。
体がダメになったら・・・・・・もう、どうしようもない。

(きっと明日の胃カメラで、悪性腫瘍が見つかったりするんだ)

そしたらもう、先輩との約束も守れない。
でもそれ以前に、もう。

元子は点滴のパックを見つめる。もうすぐ液体がなくなろうとしている。

(命が尽きたら、死んでしまったら、元も子もないんだ。『元子』はどこにもいないんだ。私は一体……何だったんだろう?)



10.

胃カメラで特に異常は見つからず、元子はストレスを要因とする過敏性腸症候群と診断された。
適切に治療すれば治るといわれている普通の病気。
死を覚悟していた元子は拍子抜けする診断書を受け取りながら、再び病室に放り出された。母親が迎えに来る退院予定時刻までの間は待機していなければならない。

「うーん・・・・・・暇だな・・・・・・」

もはや手首に管はなく、命の天秤などない。
それでも自分は生きているし、生きられる。

それがわかってしまってからは、いろんなことがどうでもよくなってしまった。

体がダメなら、どうしようもない。
けれど、裏を返せば、体がダメじゃないなら、どうとでもなる、のだ。

(ああ、どうしよう、これから)

がむしゃらに仕事続けてたってだめだ。
ただ母親に反抗していたってだめだ。

(桃山先輩)

本当は、仕事が好きな訳じゃなかった。

元子が、本当に好きだったのは。

(まずは、伝えなくちゃ)

桃山先輩への想いを。
そしてその次は、どうしよう?

(・・・・・・そのとき、考えよう!)

元子はベッドに放り出されていた携帯電話を拾い上げた。

 


11.

とあるひとつの病室で、
とある夢や未来が壊れて、
でもそれはまた治療されて、
やがて送ったメールに返事がくる頃、またひとつ病室のベッドが空く。

ベッドから動き出す患者がいる限り、本物の命の天秤が尽きない限り、
未来は何度でも、退院という形で描かれる。